外国語で詩を読んでみる。

外国語の魅力を詩を通して味わってゆきます。

詩は音声である。正確に言うと、元来は音声であった。しかし、書記法の普及、印刷術の進歩により、人々は書籍を手にすることが簡単にできるようになった。

すると、詩の価値は音声的な美しさから、視覚的な美しさへと比重が移行している。たとえば、『伊勢物語』は元来は音声的な美しさで評価されるべきであろう。音声的な価値から言えば、ひらがなだけで書かれることも納得が行く。(『伊勢物語』は詩と言っていいのかという疑問はここではひとまず置いておく)

しかし、視覚的な美しさが求められるようになると、漢字交じりの読みやすい文が求められるようになってくる。ひらがなだけでは、いかにも読みにくい。それから分かち書きも求められるようになる。

現代は、さらには、フォントとか紙の質とか、文字の大きさまで細かく規定するようになってくる。さらには、挿絵を入れたりと様々な工夫が必要となってきている。

英詩の場合は、どこで改行するか、どこで韻をそろえるか、大文字か小文字かなどの考慮まで必要になってくる。

しかし、音声が主体ならば、まず、詩集を買ってきてそれを読むのではなくて、CDを勝ってきて、それを何回も聞くという行為から始めるべきなのだ。